2005年01月31日

第26話 コロと夕暮れの公園で

このところ息子のケイタが風邪気味のせいもあり、休みの日でも僕が一人でコロの散歩をしている。

冬になって日が暮れるのが早くなった。年が明けて少しずつ日が伸びているようだけど、5時前にはもう薄暗くなってきてしまう。
夕方、コロと散歩に出かけて近所を一回りしてきた後に、近くの親水公園で一休みするようになった。

コロも今年で6歳になり、まだまだ若いというものの走ることで無理はさせたくないので、家に帰る前にこの公園で水を飲ませたり一休みさせるようにしている。

僕も家の中では小さい子どもが二人もいるので、休みの日でものんびり出来ない。静かに本を読んだり音楽を聴いたりする時間は遠い昔の記憶のなかしかない。バタバタとあわただしく時間が過ぎていき、そんなゆっくりとした時間は今ではほとんど取れなくなってしまった。
でも、それ以上の楽しみを小さな家族たちからもらっているのでそのことについての不満は少しもないのだけど、たまには、ぼんやりと何も考えずにいる時間が欲しいなと思ったりするのだ。

公園のベンチに腰掛けて、池にいるカモや薄暮の空を眺めている時、そんなことをふと思う。

コロはおとなしく僕の足元にうずくまり早く帰りたそうな顔をしている。

夕暮れがだんだん暗さを増していく。
公園で遊んでいた子ども達やベンチに腰掛けている数人のお年寄りも一人減り二人減り…

そんな時に色々な思いが去来するのだ。

子どもが産まれる前のことや、今は35キロもあるコロがもらわれてきたばかりの頃のことぼんやりと夕暮れの空を見ながら考えている。

そういう気持ちをコロも(たぶん)わかってくれているのだろう。やさしい顔で僕を見上げておとなしくフセをしている。

休みの日のほんの数分のことなのだけど、この時間が僕はとても気に入っている。

家に帰ると、子ども達を順番に風呂に入れたりご飯を食べさせたり、にぎやかな日常が待っているのはわかってのだけど、コロと公園のベンチに腰掛けてぼんやりしているこの時間は時が止まったかのような気がする。
静かさだけが僕たちの周りをとりまいているこの時間が、いそがしい毎日の中で僕にとってはとてもぜいたくで貴重な瞬間なのだ。

「コロ、もう帰ろうか」

帰ってご飯だよとコロに声をかけて僕は立ち上がった。



その帰り道にコロを連れてゆっくりと自転車をこぎながら、僕はいつも『My Blue Heaven (邦題)私の青空』を口ずさんでいる。


♪〜夕暮れに 仰ぎ見る 輝く青空〜

♪〜日暮れて たどるは 我が家の細道

♪〜せまいながらも 楽しい我が家…




そんな鼻歌を歌っていると、JAZZのリズムに心がスキップするような楽しい気持ちになってくる。子ども達の笑い顔をおもいうかべていると、傍らでは、やっと帰れるとコロがうれしそうに足を速めていた。
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2005年01月26日

第25話 犬同士の相性


散歩の途中で出会う犬たちの中には何故かコロと相性のよくない犬が数匹いる。

犬同士の相性というものがあるのか、最初の時に不幸の出会いでもしてしまったからなのか、全く仲良くなろうともせずに相手の気配を感じるだけで、背中の毛を逆立ててコロは戦闘態勢に入ってしまっている。

そういう犬とすれ違う時にはたいへんだ。コロはやる気満々だし、相手も挑発してくるしリードを押さえつけるのに毎回苦労させられるのだ。

全ての犬にこうやって向かっていくのではなく、ある犬とは知らん顔ですましてすれ違うこともあれば、このように戦いモードに入ってしまうこともある。
よく言われるようなオスメスの区別とも違うようだ。

この基準が僕にはどうも分からない。気が強そうな柴犬と仲良くしてみたり、全く肌の合わない柴犬(両方ともオスだったり雌だったり)がいたりする。ゴールデンやラブらドールレトリバーなどの大型の犬だとたいがい仲良くやっているのだが、その中でもある犬だけとは必ず吠えまくるとか…

ダックスやシーズ―のような小さい犬はころの方が相手にしていない向きもあるので喧嘩には絶対にならないので安心なのだが、おとなしそうなゴールデンに吠えかかるのはやめて欲しいものだ。

犬種や性別などの人間がわかるレベルではない犬同士の流派の違いがあって、どうしても譲れないものがあるのかもしれない。

飼い主としては無駄な争いは避けて、全ての犬と友好的な付き合いをして欲しいのだが…。
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2005年01月24日

第24話 雨の日の散歩

朝起きると雨が降っていた。夕べからの雨が本降りになってきたようだ。

雨の日の散歩はつらい。面倒くさいな、億劫だなという気持ちがわいてくる。誰か代わってくれないかなぁと思うものの、しっぽを激しく振って期待に瞳を輝かせているコロを見ると、しかたがないなとしぶしぶ着替え始めた。

コロにもレインコートを着せる。こんなものを着せなくてもコロは体が濡れる事や雨や嵐も一向に気にしないようなのだが、帰ってきたあとコロの体を拭く時の手間を考えると、嫌がるコロに無理やりレインコートを着せてるのだ。
コロのためというより人間の都合なので、このレインコートが嫌いなコロは散歩に出かけてしばらくはその襟の部分を咥えて抗議している。

激しい雨のときは僕も釣り用に持っている上下のレインウェアを着て、傘をさして出かけるのだ。

いったん出かけてしまえば、めんどくさいと言う気持ちは消えて、雨の中で傘をさしながらコロととぼとぼと歩いているのが何だが楽しくさえ感じてくるから不思議だ。

そう、雨の日の散歩はけっこう楽しいのだ。

ずぶ濡れになったらなったで、それはそれで気持ちがいい。ましてやレインウェアを着た重装備なのだから…

子どもの頃、雨の日に窓から外を見るのが好きだった。雨露をしのぐ家の中にいるんだと言う安心感がわいてきて何だか楽しい気分になったものだ。
同じような理由で雨の日のキャンプも楽しい。テントを打つ雨音を聞きなから、とりあえずこの中にいれば安心だと思えて、楽しくなってくるのだ。

そんなことを思い出しながら、僕はコロを連れて散歩をしていた。
アスファルトにしたウンチを拾うのも雨の日だと路面が濡れているので拾いやすいし、僕は鼻歌を歌いながら歩いている。

映画「雨に歌えば」の主題歌『SINGING IN THE RAIN』か「雨降りお月さん」がこんな時の僕の定番持ち歌だ。

散歩から帰って、濡れたコロを拭く。

犬を飼ったことがある人はよく知っていると思うが、濡れた犬はひどくにおう。
僕はこの濡れた犬の臭いが、人がいうほどは嫌いじゃない。

楽しい雨の日の散歩の後、濡れたコロの臭いはちょっと好きなくらいだ。



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2005年01月22日

第23話 待っている犬

夕暮れの公園



休みの日の夕方は、コロの散歩にケイタが自転車でついてくる。
いくつかの公園をまわってくるのだが、最後の児童公園までくると、遊びはじめたケイタがなかなか帰ろうとしない。


僕は少しはなれたベンチに腰掛けて、すでにオシッコもウンチも済ませたコロとケイタの遊びが終わるのを待っていることが多い。
だんだんとあたりは薄暗くなってくるのだが、ケイタはまだ遊びに夢中になっているのだ。


夕暮れの公園は子どもたちがだんだんと少なくなってきた。母親が子どもを呼ぶ声がしたり、名残惜しそうに帰っていく子どもたち、遊んでいる子どもたちが一人減り二人減り…にぎやかだった公園が急にさびしく感じられる…。


僕は、この時間がけっこう好きだ。

コロは早く帰ってご飯を食べたそうな顔をしている。

「はらへったよなぁーコロ」

群れで暮らしていた動物の習性か、コロはケイタが僕たちから離れて遊んでいるのが気に入らないようだ。ずっと目でケイタの動きを追って、時々小さく吠えて「こっちへ来いよ」と呼びかけている。

そんなコロを「よしよし」となだめながら、僕はぼんやりと考え事をしていた。

コロやケイタが我が家にやってくる前のことや、一人暮らしをしていた頃の出来事を、ぼんやりと思い出していると、コロにもそういう気持ちがなんとなく伝わるのか、僕の手のひらの中に鼻ずらを押し付けてじっとしているのだ。

しばらくそうやっていると、僕はコロに対してとても優しい気持ちになれる。


だいぶあたりが薄暗くなってきて、公園に残っている子どもはケイタひとりになっていた。

「コロちゃんも早く帰ろうと言っているよ」

僕はケイタにそう声をかけて腰をあげた。
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2005年01月18日

第22話 コロ 夜に鳴く



玄関で寝ているコロが夜中に急に鳴きだすことがある。もう僕たちも長い付き合いだからその鳴声を聞いただけで、だいたいコロの言わんとすることは解るようになった。

夢でも見ているのか眠りながら唸っていたことがあった。
ウーン、ウーンッグググッウッ−ッ
体の具合でも悪いのかとあわてて起こすとキョトンとした顔で目を覚ました。おそらく他の犬とケンカでもしている夢を見ていたのだろう。

トイレに行きたいという欲求も声も、どこか情けないような悲愴感をただよわせているのですぐにわかる。どういうわけかコロは半年に1回ぐらいの間隔でお腹を壊している。トイレを我慢して鳴いているのはとてもかわいそうなので、気がつくとすぐに外に連れ出すのだが、必ずそういうときはひどい下痢になっているのだった。

先週の金曜日の夜もひどかった。
夜の9時過ぎに情けないくらいの、クーン、クックン、クンッと言う声が聞こえてきた。
あわてて外に連れ出すとやはりひどい下痢で、水みたいなウンチが何回も出た。
(すいません、今回もビロウな話なので…)

その後も、11時、1時、3時、5時と計ったように2時間おきに鳴き出した。
そのたびに散歩に連れ出す羽目になった。

外で排便をするようになってからコロは絶対に家の中や庭では排便しないので、結局外に連れ出さなくてはならない。僕は毛布を持ってコロのそばで寝た…といっても2時間おきだから仮眠ぐらいしか出来なかったけれど、一生懸命に我慢しているコロの姿が本当にかわいそうだった。

たまらず翌朝一番で動物病院に連れて行った。コロは病院の待合室でも粗相をしてしまう。
それを検便してもらうと腸に菌が入ってしまったらしいのだ。
コロは拾い食いはしないけれど、最近よく草を食べていたのでそのせいらしい。
薬と整腸剤の入ったフードをもらってきて飲ませた。

見ているほうが辛いような下痢はその日だけで翌日にはもう普通の排便をするようになったけれど、久々のひどい下痢で僕のほうも疲れた。

それにしても、金曜日の夜というのが不幸中の幸いだった。夜中に2時間おきの散歩というのは平日だったらもっとたいへんだっただろう。
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2005年01月12日

第21話 コロを洗う


コロは白い犬だから汚れが目立つ。

またチョークチェーンで散歩に行っているので、どうしても首の周りが黒ずんでしまうのだ。
つけている首輪も一月もすると油に汚れてしまう。犬の毛並みはかなり油を出しているらしく、コロの着けているパステルカラーの首輪も、つけた当初の鮮やかな色はいつのまにかにドロドロとした何の色だか分からないようになってしまう。

寒い地方の港で漁船からこぼれ落ちた魚を回収していたという祖先の影響か、コロは太い毛並みの下に密に生えた下毛で身体を被っている。水から身体を守るためにも脂が出やすい体質なのだろう。

そんなわけだから、特に雨の日などコロの犬くさい臭いが気になる。

コロはもう5歳だ。人間の年齢でいうと30代後半というところだろう。コロももう油ギッシュな加齢臭(カレイシュウ)を振りまくオヤジなのかもしれない。

コロを庭で洗う時には、水だと嫌がるので台所からホースを延ばしてぬるま湯で洗うことにしている。。水だとじっとしていないコロもお湯だと打たせ湯が気持ちいいのか頭からかけてもじっとしているのだ。
ただ、僕がいくら止めろといっても必ずコロは全身を震わせてしずくをあたりに巻き散らかす。至近距離からこれをやられると僕の身体はいつもずぶ濡れになってしまうのだ。
夏場はまだ許せるが冬だとかなり辛い。

そんなたいへんなコロのシャンプーだが、さらさらの真っ白になったコロを撫ぜるのはとても気持ちがいいので、暇があるとやってやりたいと僕はいつも思っているのだ。実際に洗っているのは一ヶ月に一回くらいだけど・・・

油ギッシュなオヤジ犬がきれいな仔犬のような毛並みになるのを見ると毎回不思議に思う。
コロがまだ貰われてきたばかりの頃、真っ白ななんてきれいな犬なのだろうカミサンがよく言っていた。その頃の毛並みが蘇るのは飼い主としてもうれしいものだ。

と人間のほうは勝手に思っているが、コロ自身にとってはこのシャンプーは不満だらけのようだ。自分の身体の匂いがなくなってしまったのが許せないのか、せっかく洗ったそばから身体を地面にこすりつけて必死に匂いをつけようとしている。

先日も洗ったその日の散歩で、わざと水溜りの中に入って泥をつけているのを見てがっかりしてしまった。
「おいおい、シャンプーしたばかりなのに…」
と思うものの、コロの屈託のないうれしそうな顔を見ると、きれいにしたいと思っているのは飼い主側の勝手な思い込みで、犬のほうはまったくそう思っていないのだと気がついた。

それでも人間と一緒に暮らしているのだから…とコロをなだめて今月もさらさらに洗いあげてやろうと僕は思っている。
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2005年01月09日

第20話 コロの予防注射 病院にて

混合ワクチンと狂犬病の予防接種にコロを連れて行った。かかりつけの動物病院に車で出かける。
コロを車に乗せる時には抜け毛対策でシートに専用のカバーをかけるのだが、僕がトランクからこのカバーを出して助手席にひいていると、車に乗ってどこかに連れて行ってもらえると思ってころがはしゃいでいた。
出かける先は動物病院で、しかも注射を2本も打たれるとも知らずに…

動物病院の待合室に入るとコロはいつもおとなしくなってしまう。だた不安感でいっぱいなのかそわそわしたしぐさを見せる。知らないところではないし、最近はそうでもないが幼い頃から皮膚が弱くて病院通いばかりしていたのでよく知っている場所なのだが、去勢のための入院をしたり目の手術をしたことを今でも憶えているのかも知れない。

おかしいのは前の犬の診察が終わり次の人の名前が呼ばれた時だ。
誰かが呼ばれるとコロは自分の番だと思い込み、出口に向かって思いっきり逃げようとしはじめた。
そのたびに僕はリードを押し付けて押さえこむのだが、病院の床の上で伏せの姿勢のまま、前足をじたばたじたばた動かして必死に逃げようとしている。
すべる床の上でまるで平泳ぎをしているかのような格好でジタバタジタバタとしているのだ。
まわりの人の失笑をかいながら、これが自分の番がくるまで何回も続いた。

散歩の途中でネコに出会ったら、それこそ親のカタキのように突進していくコロが不思議なことにこの待合室ではネコがやってきても一向に平気なのだ。
我が家にいるネコにすら猛烈に吠えるコロがこの待合室の中ではすぐそばにネコがいても平然としている。
散歩の途中では数十メートル離れたところからでも背中の毛を逆立てて怒っているくせに…

同じ病院の通院仲間として『同病相憐れむ』と言う心境なのか。


注射を2本してもらいフィラリアの薬をもらって病院を出た。
病院の待合室にいるあいだは他の飼い主さんたちの失笑をかっているコロも出て行くときだけは堂々としたしぐさを見せる。
出口のガラス戸の前にオスワリして僕が先に外に出てから「ヨシ」と声をかけるまで待っているのだ。(小さい頃から家の中への出入りは人が先というのをしつこいくらい教え込んだから、これだけはコロは必ず守っている)

おりこうねぇーと言う声を聞きながら出てくるコロは少しほっとした顔をしていた。

車のドアを開けてやるとあわてて飛び乗る。

「あーあ、やっと終わったぁー。早く帰ろうぜっ!」

コロの目がそう言っていた。

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2005年01月08日

第19話 ジロジロ見るコロ

自転車で散歩させていると、コロは歩調をあわせてトコトコとついてくる。
時々「コロ」と名前を呼ぶとうれしそうにチラッと僕のほうを見る。
この時の下から見上げる犬の顔が好きだ。人間を信頼しきっているようなその笑顔を見ると、心が和む。冬の早朝の寒さも眠気もそのときには忘れてしまって、犬を飼っていてよかったなぁと思うのだ。

人が好きなのはこの犬種の特性なのかコロの特性なのか、
他のラブラドールをみてもコロほど嬉しそうによその人と接している犬はいないような気がする。
公園で他の犬に挨拶に行くときもコロはよその犬よりもその飼い主のほうに猛烈に飛びついていく。知り合いの自分をかわいがってくれる人をよく知っていてその人たちのところに挨拶に行きたくてしょうがないそぶりを見せるのだ。


自転車で誰かを追い抜いたりするときに、決まってコロは振り向きつつその人の顔を確認している。立ち止まっている人の横を通り過ぎるときも、じっとその顔を見上げながら歩いている。
決して飛び掛ろうとするのではなく、ただ、

「誰だぁーこいつぅー」

「おもしろい顔してんなぁー、このおばはん」

という感じで振り返りつつも知らない相手をじっと見ている。
自分の知り合いかもしれないと思っていちいち確認しているようなのだ。

人間同士で、こんなにジロジロ見られたら、
「ナニ見てんだよッ!」「ガンつけるんじゃねぇー!」
と喧嘩になるだろうな、というくらいジロジロと見ず知らずの人をみている。

だけど人間同士の場合と違って、相手が犬だとたいがいの人は笑ってその非礼を許してくれるのだ。

おとなしい賢そうな犬を連れた飼い主というのフリをして、僕も平気な顔で通り過ぎる。
これが散歩仲間のコロの好きな人たちだと自転車から引きずり下されないように必死で踏ん張っていなくてはならない。

何時になったら大人しくなるのだろう。たぶんこれはコロの性格で一生直らないかもしれない。

でも、それはそれでいいのだ、と僕は最近思っている。




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2005年01月07日

第18話 コロとの朝の散歩

朝の冷たい空気が好きだ。

毎朝、6時前にコロをつれて散歩に行っている。春夏は朝のすがすがしい感じが気持ちよくて楽しいのだが、つらいのは冬場だ。
寒いのは何枚も防寒服を着込んで何とか耐えられるけど、今時(12月下旬)くらいだと朝のこの時間は真っ暗なのだ。
星が出ていたりする暗闇を毎朝自転車をこいで近所を一周してくる。

するとそんな真っ暗の中でもウォーキングしている老人がいたりするからビックリしてしまう。
他人事ながら、もう少し明るくなってから、歩いた方が健康のためにもいいと思うがどうなのだろう。

そんな真っ暗の中でコロのウン地を懐中電灯で照らしながら拾っている。誰もいないだろうと思っていると不意に傍らの闇の中から、そんな老人があらわれると、はっきりいって怖い。
何回も「ドキッ」とさせられた。まあ、お年よりも僕を驚かそうと思っているわけじゃないのだろうけれど…

寒い朝の空気の中で、コロのウン地だけが暖かく湯気が立っている。
湯気の向こうに街頭の明かりが光っている。

そんな寒くて暗い時間の朝の散歩なのだが、コロだけはうれしそうにあたりの臭いをがぎ回ったりして、散歩を心から楽しんでいるようだ。
なるほど、視覚よりも嗅覚でさまざまな情報をえているらしい。


冬の朝、犬のウンチの、ぬくみかな

大意/選評:
作者は凍えそうな冬の寒い朝、おそらくまだ暗いうちに愛犬の散歩に出かけているのだろう。そんな指先も凍えそうな中で、ビニール袋を通じて拾ったウン地だけが暖かく湯気を立てている。愛犬と作者と拾ったウン地、この3身が一体となったような、しみじみとした冬の句である。
(この句は、前にどこかに書いたことがあるけど、まあ、いいか)


散歩から帰ってくる頃にやっと東の空が白み始めてくる。



先日関東でもかすかに雪が降った。その日の朝は寒かったけれど、何だか朝の空気が違っていた。雪国の冬の空気のような気がした。
太平洋側の地域では冬はほとんど晴れて乾燥しているので、ただ寒いだけだ。

僕の田舎は長野なので、この湿った冷たい空気はとても懐かしかった。


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2005年01月03日

第17話 犬嫌いな人々…(その2)

第17話 犬嫌いな人々…(その2)
      
散歩の途中で



先日いつものようにコロを連れて自転車で散歩をしていた時のことだ。

歩道を並んで歩いている中年のおばさんが二人いた。
広い歩道を占領して甲高い声のおしゃべりに夢中になっている。僕たちに気づいていないようだった。

(もう少し端によってくれないかなぁ)

僕は自転車のベルを軽く鳴らして追い越した。
追い越したすぐ後ろで「汚いーッ!」という叫び声がして、僕は気がついた。通り過ぎる時にコロの鼻面がそのおばさんの一人の手に触れたらしい。

おばさんは大きな声で口汚くまくし立てていた。飼い主の僕に聞こえるように言っているのが見え見えだ。
「何を触ったかもわからない汚い犬が…」
犬の鼻面が触れたくらいでそこまで言うかーという剣幕だった。
それも文句があるなら飼い主の僕に直接言えばいいものを、聞こえよがしに、
「何を触ったかもわからない・・・汚い犬に・・・」とかたわらのオバサンに言い続けていた。

悪いのはコロの方だけれども、何もそこまで言わなくても…
よっぽど今拾ってきたばかりのころのウンチの入ったビニール袋を投げつけてやろうかと思ったが、止めておいた。
僕はこんな事ぐらいでは怒ったりはしない。

僕はまだぶつぶつ文句をいっているオバサンを無視して、自転車を止めた。

「コロ、だめじゃないか、何を触ったかも分からないような汚い手に触っちゃぁー…
…家に帰ったら消毒しようなぁー」

コロに向かって大きな声でそういうと、後ろの方から「キィー!」というサルの雄叫びのような声がきこえてきたけれど、僕はそのまま自転車に乗って走りだした。
posted by ころすけポー at 10:28| Comment(0) | TrackBack(0) | コロとの日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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