2005年04月22日

第30話 スケボーの音が嫌いだッ!


犬は嗅覚の他に聴覚も優れているから、大きな音が嫌いだ。雷が鳴ると怖がるとかよく聞く。

それも犬によるようで、ウチのコロは雷の音をほとんど気にもとめない。雷が近くで鳴っていようが平気で寝ていてピクリとも動かないことがある。

コイツは音に鈍いのかと思っていると、ある種の音には過剰に反応することに気がついた。

コロが嫌いな音は、スケートボードの音だ。

スケボーをやっているそばに来ると以上に興奮して怒り出す。乗っている人間が動くのが嫌いなのかと思っていたのだが、そうではなくてあの音そのものが嫌いのようだ。同じような反応をキックボードに出会うとする。


よく散歩に行く近くの公園は『スケボー禁止』なのだが、休みの日になると近所の茶髪のアンちゃんたちが集まってよくスケボーをやっている。
ガガガァーという音が聞こえてこうよものなら毛を逆立てて怒っているコロを宥めるのがたいへんだ。

茶髪のアンちゃん達もちょっと話してみると、朴訥な気のいい若者たちのようで、スケボーにさえ乗っていないとコロもしっぽを振って愛想を振り撒いてさえいるのだ。
小さい子も遊んでいる公園なのでその点は彼らも気を使っているようで、スケボーくらい多めに見てやれよ、と僕などは思うのだが、コロだけは近所のこうるさいジジイのようにスケボー少年達を叱りつけている。

「ここはッぁあー、『スケボー禁止』やどォーおおおおおオオー!こぉーらぁーあああー!」

とでも言っているつもりなのだろうか…


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2005年03月26日

第29話 コロとカミサンの散歩

コロの散歩は基本的に僕が行くことになっている。僕がいないときには、近所に住む叔父さんや義母に朝晩の散歩をしてもらっている。

先日、久しぶりに朝、カミサンがコロを連れて行ったときのことだ。
戻ってきてから「足が痛い」という。どうしたのか尋ねると、コロが散歩の間中ずっとカミサンを引っ張って、いうことを聞かなかったらしい。
それについていくためにずっと走ってきたというのだ。

ちょっと走ったぐらいで大袈裟な…

「インターハイ選手が…衰えたものだ…」

ちょうど息子のケイタが見たがったものだから、カミサンが高校時代にバレーボールで貰ったトロフィーや賞状が押入れから出して飾ってあった。

「賞状が泣くぞ」

「だって、オシッコがしたいらしくて、ずっと引っ張っていくんだもの…」

「そういうときは、コロのいきたいようにはさせちゃだめだ。こっちが主導権をとって…コロが引っ張り出したら反対方向に歩くとかして…」

と説明しようとしたがやめておいた。、

コロはカミサンの言うことはまずきかない。コロは家族の序列の中でカミサンのことを自分より下の位置にいるヤツと思っているのだろう。
あまり接触のないカミサンは家族の中でも自分より目下の存在なのだ。

カミサンとコロで散歩に出かけるとなると、リーダーは地位の高いコロにならざるを得ない。

リーダーは部下を率いて先頭をきってすすむ。道に迷ったら判断を下すものリーダーの大事な勤めだ。
だから、当然、愚かで弱い部下を引っ張ってやらなくてはならないし、こっちへいくんだと親切にも教えてやらなくてはならない。

カミサンを引っ張って言うことをきかなかったといわれても、コロとしては、リーダーとして当たり前なことをやっていただけなのだ。


「えらいぞ、コロ」と僕はひそかに思った。




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2005年02月22日

第28話 食事の我慢「ヨシ」

食事(えさ)の時、コロは誰かが『ヨシ』といううまで、じっと我慢している…という話は前回書いた。


そんなに強く教え込んだつもりはないのだけど、コロはかたくなにこれだけは忠実に守っている。
ドッグフードの入った器を前に置いてやっても、あるいは彼の大好きなパンの耳 (こんなんが大好きで、トーストが焼ける音がすると耳がもらえると思って喜んだりする) を与えても、決してコロはそのまま食べようとはしない。

誰かが「ヨシ」といってくれるのをじっと待っているのだ。

人間の言う事なんかそんなに一生懸命にきくことはないのだよと、僕は思う。

コロにもそう言っているのだが、『誰かからヨシという声がかかるまでは食べない』と、コロは自分で決めているらしく、その自らが決めたルールを頑固なくらいかたくなに守っている。


ある日、僕がこの「ヨシ」というのを言い忘れて家の中に入ってしまったことがあった。

しばらくして外でコロが鳴きだした。
また散歩している犬が通りかかったのだろうと思っていたのだが、なかなかその鳴き声がやまない。

「なに騒いでんだよー」

と外に出てみると、すわったままのコロが怒ったように僕に向かって吠えた。

コロの前には一口も食べていないエサの器がそのまま置いてある。
かわいそうに、エサを目の前にしてずーっとお預けをさせてしまっていたのだ。


「ごめんなぁー、コロ…」

僕は、慌てて「ヨシ」と命令したけれど、あっという間にドッグフードを食べてしまったコロに申し訳なくて、ビーフジャーキーやニボシをあげてご機嫌をとった。

散歩の時の他の命令には、ずいぶんいいかげんに聞き流すことも多いのに、コロは食事の「ヨシ」だけは、何故だかわからないけどいつもこんな感じなのだ。



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2005年01月31日

第26話 コロと夕暮れの公園で

このところ息子のケイタが風邪気味のせいもあり、休みの日でも僕が一人でコロの散歩をしている。

冬になって日が暮れるのが早くなった。年が明けて少しずつ日が伸びているようだけど、5時前にはもう薄暗くなってきてしまう。
夕方、コロと散歩に出かけて近所を一回りしてきた後に、近くの親水公園で一休みするようになった。

コロも今年で6歳になり、まだまだ若いというものの走ることで無理はさせたくないので、家に帰る前にこの公園で水を飲ませたり一休みさせるようにしている。

僕も家の中では小さい子どもが二人もいるので、休みの日でものんびり出来ない。静かに本を読んだり音楽を聴いたりする時間は遠い昔の記憶のなかしかない。バタバタとあわただしく時間が過ぎていき、そんなゆっくりとした時間は今ではほとんど取れなくなってしまった。
でも、それ以上の楽しみを小さな家族たちからもらっているのでそのことについての不満は少しもないのだけど、たまには、ぼんやりと何も考えずにいる時間が欲しいなと思ったりするのだ。

公園のベンチに腰掛けて、池にいるカモや薄暮の空を眺めている時、そんなことをふと思う。

コロはおとなしく僕の足元にうずくまり早く帰りたそうな顔をしている。

夕暮れがだんだん暗さを増していく。
公園で遊んでいた子ども達やベンチに腰掛けている数人のお年寄りも一人減り二人減り…

そんな時に色々な思いが去来するのだ。

子どもが産まれる前のことや、今は35キロもあるコロがもらわれてきたばかりの頃のことぼんやりと夕暮れの空を見ながら考えている。

そういう気持ちをコロも(たぶん)わかってくれているのだろう。やさしい顔で僕を見上げておとなしくフセをしている。

休みの日のほんの数分のことなのだけど、この時間が僕はとても気に入っている。

家に帰ると、子ども達を順番に風呂に入れたりご飯を食べさせたり、にぎやかな日常が待っているのはわかってのだけど、コロと公園のベンチに腰掛けてぼんやりしているこの時間は時が止まったかのような気がする。
静かさだけが僕たちの周りをとりまいているこの時間が、いそがしい毎日の中で僕にとってはとてもぜいたくで貴重な瞬間なのだ。

「コロ、もう帰ろうか」

帰ってご飯だよとコロに声をかけて僕は立ち上がった。



その帰り道にコロを連れてゆっくりと自転車をこぎながら、僕はいつも『My Blue Heaven (邦題)私の青空』を口ずさんでいる。


♪〜夕暮れに 仰ぎ見る 輝く青空〜

♪〜日暮れて たどるは 我が家の細道

♪〜せまいながらも 楽しい我が家…




そんな鼻歌を歌っていると、JAZZのリズムに心がスキップするような楽しい気持ちになってくる。子ども達の笑い顔をおもいうかべていると、傍らでは、やっと帰れるとコロがうれしそうに足を速めていた。
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2005年01月26日

第25話 犬同士の相性


散歩の途中で出会う犬たちの中には何故かコロと相性のよくない犬が数匹いる。

犬同士の相性というものがあるのか、最初の時に不幸の出会いでもしてしまったからなのか、全く仲良くなろうともせずに相手の気配を感じるだけで、背中の毛を逆立ててコロは戦闘態勢に入ってしまっている。

そういう犬とすれ違う時にはたいへんだ。コロはやる気満々だし、相手も挑発してくるしリードを押さえつけるのに毎回苦労させられるのだ。

全ての犬にこうやって向かっていくのではなく、ある犬とは知らん顔ですましてすれ違うこともあれば、このように戦いモードに入ってしまうこともある。
よく言われるようなオスメスの区別とも違うようだ。

この基準が僕にはどうも分からない。気が強そうな柴犬と仲良くしてみたり、全く肌の合わない柴犬(両方ともオスだったり雌だったり)がいたりする。ゴールデンやラブらドールレトリバーなどの大型の犬だとたいがい仲良くやっているのだが、その中でもある犬だけとは必ず吠えまくるとか…

ダックスやシーズ―のような小さい犬はころの方が相手にしていない向きもあるので喧嘩には絶対にならないので安心なのだが、おとなしそうなゴールデンに吠えかかるのはやめて欲しいものだ。

犬種や性別などの人間がわかるレベルではない犬同士の流派の違いがあって、どうしても譲れないものがあるのかもしれない。

飼い主としては無駄な争いは避けて、全ての犬と友好的な付き合いをして欲しいのだが…。
posted by ころすけポー at 10:04| Comment(0) | TrackBack(0) | コロとの日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月24日

第24話 雨の日の散歩

朝起きると雨が降っていた。夕べからの雨が本降りになってきたようだ。

雨の日の散歩はつらい。面倒くさいな、億劫だなという気持ちがわいてくる。誰か代わってくれないかなぁと思うものの、しっぽを激しく振って期待に瞳を輝かせているコロを見ると、しかたがないなとしぶしぶ着替え始めた。

コロにもレインコートを着せる。こんなものを着せなくてもコロは体が濡れる事や雨や嵐も一向に気にしないようなのだが、帰ってきたあとコロの体を拭く時の手間を考えると、嫌がるコロに無理やりレインコートを着せてるのだ。
コロのためというより人間の都合なので、このレインコートが嫌いなコロは散歩に出かけてしばらくはその襟の部分を咥えて抗議している。

激しい雨のときは僕も釣り用に持っている上下のレインウェアを着て、傘をさして出かけるのだ。

いったん出かけてしまえば、めんどくさいと言う気持ちは消えて、雨の中で傘をさしながらコロととぼとぼと歩いているのが何だが楽しくさえ感じてくるから不思議だ。

そう、雨の日の散歩はけっこう楽しいのだ。

ずぶ濡れになったらなったで、それはそれで気持ちがいい。ましてやレインウェアを着た重装備なのだから…

子どもの頃、雨の日に窓から外を見るのが好きだった。雨露をしのぐ家の中にいるんだと言う安心感がわいてきて何だか楽しい気分になったものだ。
同じような理由で雨の日のキャンプも楽しい。テントを打つ雨音を聞きなから、とりあえずこの中にいれば安心だと思えて、楽しくなってくるのだ。

そんなことを思い出しながら、僕はコロを連れて散歩をしていた。
アスファルトにしたウンチを拾うのも雨の日だと路面が濡れているので拾いやすいし、僕は鼻歌を歌いながら歩いている。

映画「雨に歌えば」の主題歌『SINGING IN THE RAIN』か「雨降りお月さん」がこんな時の僕の定番持ち歌だ。

散歩から帰って、濡れたコロを拭く。

犬を飼ったことがある人はよく知っていると思うが、濡れた犬はひどくにおう。
僕はこの濡れた犬の臭いが、人がいうほどは嫌いじゃない。

楽しい雨の日の散歩の後、濡れたコロの臭いはちょっと好きなくらいだ。



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2005年01月22日

第23話 待っている犬

夕暮れの公園



休みの日の夕方は、コロの散歩にケイタが自転車でついてくる。
いくつかの公園をまわってくるのだが、最後の児童公園までくると、遊びはじめたケイタがなかなか帰ろうとしない。


僕は少しはなれたベンチに腰掛けて、すでにオシッコもウンチも済ませたコロとケイタの遊びが終わるのを待っていることが多い。
だんだんとあたりは薄暗くなってくるのだが、ケイタはまだ遊びに夢中になっているのだ。


夕暮れの公園は子どもたちがだんだんと少なくなってきた。母親が子どもを呼ぶ声がしたり、名残惜しそうに帰っていく子どもたち、遊んでいる子どもたちが一人減り二人減り…にぎやかだった公園が急にさびしく感じられる…。


僕は、この時間がけっこう好きだ。

コロは早く帰ってご飯を食べたそうな顔をしている。

「はらへったよなぁーコロ」

群れで暮らしていた動物の習性か、コロはケイタが僕たちから離れて遊んでいるのが気に入らないようだ。ずっと目でケイタの動きを追って、時々小さく吠えて「こっちへ来いよ」と呼びかけている。

そんなコロを「よしよし」となだめながら、僕はぼんやりと考え事をしていた。

コロやケイタが我が家にやってくる前のことや、一人暮らしをしていた頃の出来事を、ぼんやりと思い出していると、コロにもそういう気持ちがなんとなく伝わるのか、僕の手のひらの中に鼻ずらを押し付けてじっとしているのだ。

しばらくそうやっていると、僕はコロに対してとても優しい気持ちになれる。


だいぶあたりが薄暗くなってきて、公園に残っている子どもはケイタひとりになっていた。

「コロちゃんも早く帰ろうと言っているよ」

僕はケイタにそう声をかけて腰をあげた。
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2005年01月18日

第22話 コロ 夜に鳴く



玄関で寝ているコロが夜中に急に鳴きだすことがある。もう僕たちも長い付き合いだからその鳴声を聞いただけで、だいたいコロの言わんとすることは解るようになった。

夢でも見ているのか眠りながら唸っていたことがあった。
ウーン、ウーンッグググッウッ−ッ
体の具合でも悪いのかとあわてて起こすとキョトンとした顔で目を覚ました。おそらく他の犬とケンカでもしている夢を見ていたのだろう。

トイレに行きたいという欲求も声も、どこか情けないような悲愴感をただよわせているのですぐにわかる。どういうわけかコロは半年に1回ぐらいの間隔でお腹を壊している。トイレを我慢して鳴いているのはとてもかわいそうなので、気がつくとすぐに外に連れ出すのだが、必ずそういうときはひどい下痢になっているのだった。

先週の金曜日の夜もひどかった。
夜の9時過ぎに情けないくらいの、クーン、クックン、クンッと言う声が聞こえてきた。
あわてて外に連れ出すとやはりひどい下痢で、水みたいなウンチが何回も出た。
(すいません、今回もビロウな話なので…)

その後も、11時、1時、3時、5時と計ったように2時間おきに鳴き出した。
そのたびに散歩に連れ出す羽目になった。

外で排便をするようになってからコロは絶対に家の中や庭では排便しないので、結局外に連れ出さなくてはならない。僕は毛布を持ってコロのそばで寝た…といっても2時間おきだから仮眠ぐらいしか出来なかったけれど、一生懸命に我慢しているコロの姿が本当にかわいそうだった。

たまらず翌朝一番で動物病院に連れて行った。コロは病院の待合室でも粗相をしてしまう。
それを検便してもらうと腸に菌が入ってしまったらしいのだ。
コロは拾い食いはしないけれど、最近よく草を食べていたのでそのせいらしい。
薬と整腸剤の入ったフードをもらってきて飲ませた。

見ているほうが辛いような下痢はその日だけで翌日にはもう普通の排便をするようになったけれど、久々のひどい下痢で僕のほうも疲れた。

それにしても、金曜日の夜というのが不幸中の幸いだった。夜中に2時間おきの散歩というのは平日だったらもっとたいへんだっただろう。
posted by ころすけポー at 11:49| Comment(0) | TrackBack(0) | コロとの日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月12日

第21話 コロを洗う


コロは白い犬だから汚れが目立つ。

またチョークチェーンで散歩に行っているので、どうしても首の周りが黒ずんでしまうのだ。
つけている首輪も一月もすると油に汚れてしまう。犬の毛並みはかなり油を出しているらしく、コロの着けているパステルカラーの首輪も、つけた当初の鮮やかな色はいつのまにかにドロドロとした何の色だか分からないようになってしまう。

寒い地方の港で漁船からこぼれ落ちた魚を回収していたという祖先の影響か、コロは太い毛並みの下に密に生えた下毛で身体を被っている。水から身体を守るためにも脂が出やすい体質なのだろう。

そんなわけだから、特に雨の日などコロの犬くさい臭いが気になる。

コロはもう5歳だ。人間の年齢でいうと30代後半というところだろう。コロももう油ギッシュな加齢臭(カレイシュウ)を振りまくオヤジなのかもしれない。

コロを庭で洗う時には、水だと嫌がるので台所からホースを延ばしてぬるま湯で洗うことにしている。。水だとじっとしていないコロもお湯だと打たせ湯が気持ちいいのか頭からかけてもじっとしているのだ。
ただ、僕がいくら止めろといっても必ずコロは全身を震わせてしずくをあたりに巻き散らかす。至近距離からこれをやられると僕の身体はいつもずぶ濡れになってしまうのだ。
夏場はまだ許せるが冬だとかなり辛い。

そんなたいへんなコロのシャンプーだが、さらさらの真っ白になったコロを撫ぜるのはとても気持ちがいいので、暇があるとやってやりたいと僕はいつも思っているのだ。実際に洗っているのは一ヶ月に一回くらいだけど・・・

油ギッシュなオヤジ犬がきれいな仔犬のような毛並みになるのを見ると毎回不思議に思う。
コロがまだ貰われてきたばかりの頃、真っ白ななんてきれいな犬なのだろうカミサンがよく言っていた。その頃の毛並みが蘇るのは飼い主としてもうれしいものだ。

と人間のほうは勝手に思っているが、コロ自身にとってはこのシャンプーは不満だらけのようだ。自分の身体の匂いがなくなってしまったのが許せないのか、せっかく洗ったそばから身体を地面にこすりつけて必死に匂いをつけようとしている。

先日も洗ったその日の散歩で、わざと水溜りの中に入って泥をつけているのを見てがっかりしてしまった。
「おいおい、シャンプーしたばかりなのに…」
と思うものの、コロの屈託のないうれしそうな顔を見ると、きれいにしたいと思っているのは飼い主側の勝手な思い込みで、犬のほうはまったくそう思っていないのだと気がついた。

それでも人間と一緒に暮らしているのだから…とコロをなだめて今月もさらさらに洗いあげてやろうと僕は思っている。
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2005年01月09日

第20話 コロの予防注射 病院にて

混合ワクチンと狂犬病の予防接種にコロを連れて行った。かかりつけの動物病院に車で出かける。
コロを車に乗せる時には抜け毛対策でシートに専用のカバーをかけるのだが、僕がトランクからこのカバーを出して助手席にひいていると、車に乗ってどこかに連れて行ってもらえると思ってころがはしゃいでいた。
出かける先は動物病院で、しかも注射を2本も打たれるとも知らずに…

動物病院の待合室に入るとコロはいつもおとなしくなってしまう。だた不安感でいっぱいなのかそわそわしたしぐさを見せる。知らないところではないし、最近はそうでもないが幼い頃から皮膚が弱くて病院通いばかりしていたのでよく知っている場所なのだが、去勢のための入院をしたり目の手術をしたことを今でも憶えているのかも知れない。

おかしいのは前の犬の診察が終わり次の人の名前が呼ばれた時だ。
誰かが呼ばれるとコロは自分の番だと思い込み、出口に向かって思いっきり逃げようとしはじめた。
そのたびに僕はリードを押し付けて押さえこむのだが、病院の床の上で伏せの姿勢のまま、前足をじたばたじたばた動かして必死に逃げようとしている。
すべる床の上でまるで平泳ぎをしているかのような格好でジタバタジタバタとしているのだ。
まわりの人の失笑をかいながら、これが自分の番がくるまで何回も続いた。

散歩の途中でネコに出会ったら、それこそ親のカタキのように突進していくコロが不思議なことにこの待合室ではネコがやってきても一向に平気なのだ。
我が家にいるネコにすら猛烈に吠えるコロがこの待合室の中ではすぐそばにネコがいても平然としている。
散歩の途中では数十メートル離れたところからでも背中の毛を逆立てて怒っているくせに…

同じ病院の通院仲間として『同病相憐れむ』と言う心境なのか。


注射を2本してもらいフィラリアの薬をもらって病院を出た。
病院の待合室にいるあいだは他の飼い主さんたちの失笑をかっているコロも出て行くときだけは堂々としたしぐさを見せる。
出口のガラス戸の前にオスワリして僕が先に外に出てから「ヨシ」と声をかけるまで待っているのだ。(小さい頃から家の中への出入りは人が先というのをしつこいくらい教え込んだから、これだけはコロは必ず守っている)

おりこうねぇーと言う声を聞きながら出てくるコロは少しほっとした顔をしていた。

車のドアを開けてやるとあわてて飛び乗る。

「あーあ、やっと終わったぁー。早く帰ろうぜっ!」

コロの目がそう言っていた。

posted by ころすけポー at 13:48| Comment(0) | TrackBack(0) | コロとの日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月08日

第19話 ジロジロ見るコロ

自転車で散歩させていると、コロは歩調をあわせてトコトコとついてくる。
時々「コロ」と名前を呼ぶとうれしそうにチラッと僕のほうを見る。
この時の下から見上げる犬の顔が好きだ。人間を信頼しきっているようなその笑顔を見ると、心が和む。冬の早朝の寒さも眠気もそのときには忘れてしまって、犬を飼っていてよかったなぁと思うのだ。

人が好きなのはこの犬種の特性なのかコロの特性なのか、
他のラブラドールをみてもコロほど嬉しそうによその人と接している犬はいないような気がする。
公園で他の犬に挨拶に行くときもコロはよその犬よりもその飼い主のほうに猛烈に飛びついていく。知り合いの自分をかわいがってくれる人をよく知っていてその人たちのところに挨拶に行きたくてしょうがないそぶりを見せるのだ。


自転車で誰かを追い抜いたりするときに、決まってコロは振り向きつつその人の顔を確認している。立ち止まっている人の横を通り過ぎるときも、じっとその顔を見上げながら歩いている。
決して飛び掛ろうとするのではなく、ただ、

「誰だぁーこいつぅー」

「おもしろい顔してんなぁー、このおばはん」

という感じで振り返りつつも知らない相手をじっと見ている。
自分の知り合いかもしれないと思っていちいち確認しているようなのだ。

人間同士で、こんなにジロジロ見られたら、
「ナニ見てんだよッ!」「ガンつけるんじゃねぇー!」
と喧嘩になるだろうな、というくらいジロジロと見ず知らずの人をみている。

だけど人間同士の場合と違って、相手が犬だとたいがいの人は笑ってその非礼を許してくれるのだ。

おとなしい賢そうな犬を連れた飼い主というのフリをして、僕も平気な顔で通り過ぎる。
これが散歩仲間のコロの好きな人たちだと自転車から引きずり下されないように必死で踏ん張っていなくてはならない。

何時になったら大人しくなるのだろう。たぶんこれはコロの性格で一生直らないかもしれない。

でも、それはそれでいいのだ、と僕は最近思っている。




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2005年01月07日

第18話 コロとの朝の散歩

朝の冷たい空気が好きだ。

毎朝、6時前にコロをつれて散歩に行っている。春夏は朝のすがすがしい感じが気持ちよくて楽しいのだが、つらいのは冬場だ。
寒いのは何枚も防寒服を着込んで何とか耐えられるけど、今時(12月下旬)くらいだと朝のこの時間は真っ暗なのだ。
星が出ていたりする暗闇を毎朝自転車をこいで近所を一周してくる。

するとそんな真っ暗の中でもウォーキングしている老人がいたりするからビックリしてしまう。
他人事ながら、もう少し明るくなってから、歩いた方が健康のためにもいいと思うがどうなのだろう。

そんな真っ暗の中でコロのウン地を懐中電灯で照らしながら拾っている。誰もいないだろうと思っていると不意に傍らの闇の中から、そんな老人があらわれると、はっきりいって怖い。
何回も「ドキッ」とさせられた。まあ、お年よりも僕を驚かそうと思っているわけじゃないのだろうけれど…

寒い朝の空気の中で、コロのウン地だけが暖かく湯気が立っている。
湯気の向こうに街頭の明かりが光っている。

そんな寒くて暗い時間の朝の散歩なのだが、コロだけはうれしそうにあたりの臭いをがぎ回ったりして、散歩を心から楽しんでいるようだ。
なるほど、視覚よりも嗅覚でさまざまな情報をえているらしい。


冬の朝、犬のウンチの、ぬくみかな

大意/選評:
作者は凍えそうな冬の寒い朝、おそらくまだ暗いうちに愛犬の散歩に出かけているのだろう。そんな指先も凍えそうな中で、ビニール袋を通じて拾ったウン地だけが暖かく湯気を立てている。愛犬と作者と拾ったウン地、この3身が一体となったような、しみじみとした冬の句である。
(この句は、前にどこかに書いたことがあるけど、まあ、いいか)


散歩から帰ってくる頃にやっと東の空が白み始めてくる。



先日関東でもかすかに雪が降った。その日の朝は寒かったけれど、何だか朝の空気が違っていた。雪国の冬の空気のような気がした。
太平洋側の地域では冬はほとんど晴れて乾燥しているので、ただ寒いだけだ。

僕の田舎は長野なので、この湿った冷たい空気はとても懐かしかった。


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2005年01月03日

第17話 犬嫌いな人々…(その2)

第17話 犬嫌いな人々…(その2)
      
散歩の途中で



先日いつものようにコロを連れて自転車で散歩をしていた時のことだ。

歩道を並んで歩いている中年のおばさんが二人いた。
広い歩道を占領して甲高い声のおしゃべりに夢中になっている。僕たちに気づいていないようだった。

(もう少し端によってくれないかなぁ)

僕は自転車のベルを軽く鳴らして追い越した。
追い越したすぐ後ろで「汚いーッ!」という叫び声がして、僕は気がついた。通り過ぎる時にコロの鼻面がそのおばさんの一人の手に触れたらしい。

おばさんは大きな声で口汚くまくし立てていた。飼い主の僕に聞こえるように言っているのが見え見えだ。
「何を触ったかもわからない汚い犬が…」
犬の鼻面が触れたくらいでそこまで言うかーという剣幕だった。
それも文句があるなら飼い主の僕に直接言えばいいものを、聞こえよがしに、
「何を触ったかもわからない・・・汚い犬に・・・」とかたわらのオバサンに言い続けていた。

悪いのはコロの方だけれども、何もそこまで言わなくても…
よっぽど今拾ってきたばかりのころのウンチの入ったビニール袋を投げつけてやろうかと思ったが、止めておいた。
僕はこんな事ぐらいでは怒ったりはしない。

僕はまだぶつぶつ文句をいっているオバサンを無視して、自転車を止めた。

「コロ、だめじゃないか、何を触ったかも分からないような汚い手に触っちゃぁー…
…家に帰ったら消毒しようなぁー」

コロに向かって大きな声でそういうと、後ろの方から「キィー!」というサルの雄叫びのような声がきこえてきたけれど、僕はそのまま自転車に乗って走りだした。
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2004年12月31日

第16話 犬嫌いな人々…(その1)

第16話 犬嫌いな人々…(その1)

イヌを怖がる



毎日自転車で頃を散歩していると、時々必要以上に犬を怖がっている人たちに出会う。

たとえば歩道をすれ違う時に、遥か向こうの方から犬連れの僕に気がついた人が塀にへばりつくようにして僕たちが通り過ぎるのを待っていたりする。
何気なく通り過ぎてくれればコロも相手の顔を一瞥するだけでおとなしくしているのだが、見るからに犬を怖がって緊張している様子がコロにも伝わるのだろう。
時にはその人たちに向かって吠えたりしてしまうのだ。
そのたびに僕はコロのチョークチェーンを引っ張って叱っている。

たぶん犬をよく知らない、大きな犬に接したことのない人なのだろうけれど、ちょっと身体が大きな犬というだけでこんな様子なのだ。
もし僕がこの人たちと少しでも交流があったら、
コロをおとなしくオスワリさせて犬の触り方や接し方をレクチャーしてあげられるいし、大きな犬の方が性格がのんびりしていて、かえって怖くないことを教えてあげられるのだが…

みんながみんな犬好きになる必要はないし、『犬が嫌いだ』と言う人がいても僕はいいと思っている。
だけど、犬に対する無知から必要以上に怖がるのは愚かしいと思うのだ。
おそらくイギリスをはじめヨーロッパの先進国ではこれほど犬を怖がる人々はいないだろう。

『攻撃性』を訓練された軍用犬に使われたような犬種(ドーベルマンやジャーマンシェパード)ならともかく、うちのコロのようなレトリバーなどのどちらかと言うをのんきな馬鹿っぽい大型犬までを怖いと思ってしまうのは本当におかしい。攻撃性ならば小さなテリア系の犬種のほうがよっぽど強いのだ。

塀の中で犬が来客にむかってほえているのをよく見かけるけれども、その犬は人を攻撃して噛みついてやろうという気持ちで吠えているのではない。
見知らぬ来客を怖がって、「誰か応援にきてくれー」という気持ちで吠えているのだ。

もしその家のヘイの中に犬が逃げていく十分なスペースがあるのならば(窮鼠猫をかむ立場にその犬をおかないように)、吠えてる犬を無視して門のなかに入っていくといい。それまで今にも噛みつく勢いで吠えていた犬はびっくりして逃げ出すだろう。そして十分な距離をとってから安心して再び吠え出す。
そう、吠えるという行為は、一人じゃ怖いから仲間を呼びあつめるためになされているみたいなのだ。

犬はオオカミが幼形化したものだという。全ての犬は子どものオオカミなのだ。大人のオオカミはうなることはしても吠えたりはしない。吠えるのは幼い子どもの狼だけだ。
そういう意味で吠えている犬はそんなに怖くはない。

もちろん、例外もあるけれど、子どものころから何回もイヌにかまれている僕が言うんだから間違いない。
ほえているイヌはそんなに怖くない。それよりももっと怖くないのがのんきな大型犬だ。

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2004年12月29日

第15話 犬の散歩仲間

第15話 犬の散歩仲間



コロ散歩に毎日出かけるようになって、散歩途中で出会う犬の散歩仲間というか犬を通じて出合った飼い主さんたちという新しい知り合いが出来た。
飼い主の名前は知らないけれども犬の名前は知っている、そんな知り合いだ。

たいがい同じような散歩時間になっているので大体同じような人たちと出会うことが多い。
中には犬そっちのけでおしゃべりに夢中のおばさんたちもいるが、僕はあまりそういう中には加わらないようにしているので、ほとんど挨拶する程度なのだが、相手も同じように僕の名前は知らなくてもやたら元気のいいラブラドールの飼い主ということだけは知ってもらっている。

そんな知り合いに、年老いたゴールデンレトリバーの飼い主のおばさんがいた。その家はゴールデンだけじゃなくて他にもセッター種の犬や柴系の雑種など3.4頭の犬がいるらしい。そのうちの一頭ずつ何回も散歩に連れているのを見かける。ある犬は自転車で、ある犬は徒歩でと一頭ずつ散歩に行っているようだった。
出会うたびにそのおばさんは遠くからでも「コロちゃーん」と声をかけてくれるのだ。
駅の近くのおばさんのうちも分かっって、その前を通るたびに玄関先で日向ぼっこをしている年老いたゴールデンを見かけた。

先日悲しい出来事があった。
人の噂で知ったのだがそのおばさんの高校生の娘さんが交通事故で亡くなったという話だった。バイクでトラックに巻きこまれ、遺体の損傷も激しくて痛ましい事故だったという。
僕も子どもを持つ親としても胸がつまる思いがした。

それ以来、犬を連れて行く公園にそのおばさんの姿が見えなくなった。
毎日同じ時刻に散歩仲間の誰かと同じベンチに座っていたおばさんがその後ずっとやってこなくなってしまったのだ。

どうしたのだろう、とずっと気になっていた。毎日の通勤途中に少し遠回りしてそのおばさんのうちの前を通っても、犬たちが一匹もいないのだ。
いつもなら玄関先で必ず寝そべっているゴールデンも見えない。

おばさんは犬たちを飼う気力も無くしてしまったのだろうか、あの犬たちはどこかにもらわれるか、処分されてしまったのだろうか、そんなことをずっと僕は考えていた。
玄関先に、むなしく吊り下げられている何本もの犬のリードを見かけるたびに、いったいどうしてしまったのか、胸が痛くなるような気持ちがした。

一ヶ月ほどしたあとだろうか、おばさんちの玄関に再び、あの年老いたゴールデンがいるのを見かけた。前と同じように玄関先で日向ぼっこをしている。他の犬たちも戻ってきているようだった。
後からなんとなく分かったのだが、この一ヶ月の間、朝の散歩仲間が手分けをして犬たちを預かっていたらしい。

僕は傍からみてるだけしかなかったけれども、よかった、と心から思った。犬たちの境遇もそうだけど、あのおばさんがまた犬たちと暮らしていく気持ちになったことがうれしかった。
人生経験の浅い僕がこんなことを言うのは不遜かもしれないが、つらい体験や重い悲しみは多分月日がたっても消えないし、癒されもしないだろう。けれども、それに押しつぶされずに、なんとか前を向いて生きていくことが大切なのだと思う。

今も犬の散歩途中でこのおばさんに出会っても、僕はどぎまぎする自分を抑えて「こんにちは」と挨拶を交わすだけで通り過ぎていく。だが、毎朝少し遠回りしてこのおばさんの家の前を通って駅に行くようになった。
年老いたゴールデンは今日も玄関先で気持ちよさそうに寝そべっている。

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2004年12月26日

第14話 コスモス畑でつかまえて…

第14話 コスモス畑でつかまえて…

犬にとって美しい風景とは
公園のコスモスの前でうれしそうに笑うコロ



犬にもきれいな風景が見えているのだろうか。
よく言われるように犬はあんまり眼がよくない。色は識別できないみたいだし、近視で遠くもモノはあまりよく見えないらしい。
(狩猟犬だった頃の名残か、動いているものは比較的良く見えるらしいけど…)

その視力を人間の何万倍といわれる有り余る嗅覚で補っているようだ。
だから、人間が見て美しい風景よりも、そのいたるところに小動物の匂いや仲間の犬たちの匂いがあふれているところの方が、たとえ荒涼な風景でも犬にとってはワクワクするような素晴らしい風景に感じられるのかも知れない。
それくらい犬にとっては臭いが大事なもののようだ。
コロを見ていると、それこそ必死になって臭いを嗅ぐことに一生懸命になっている。

実際、草むらなどに残された犬のオシッコはその犬の名刺のようなものだ。その臭いを嗅ぐことでその犬について何でも分かってしまうらしい。住所や携帯の番号まではわからないものの、性別や年齢、病気の有る無し、発情の有無、何時間くらい前にそこでオシッコをしたのかなど、その犬のありとあらゆる情報がそこに残されている。
だからこそ自分もより高いところに、新しい名刺を置いて自分の存在をアピールしているのだろう。(足を上げてより高いところにオシッコを引っ掛けるのは、自分を大きなオスだと思わせたいかららしい…これなど、人間のオスがシークレットブーツを履いて自分の身長をごまかしているのと同じだ…違うかぁ…。)

そんな大事な「臭い嗅ぎ」だから、シツケのために全くさせないというのは少しかわいそうな気がする。
実際に、側歩行を完璧にこなして、主人の横にぴったりとくっついている犬を見かけると、利口な犬だなぁと思う反面、犬本来の喜びを抑圧させられていて少しかわいそうな気もしてしまう。

だからと言って、片手でひょいっと持ち上げられるような小さい犬ならいいけど、ウチのコロ(36キロ)のようなヤツが散歩に行くたびに自由に暴れまわっていたら、それこそたいへんだ。
仕事でやっている犬(盲導犬や介助犬など)はしょうがないけど、ペットとして飼っている犬はほどほどでいいのではないかと思う。

コロの場合は、散歩の時間を半分にわけて、『おとなしく側歩行をする場所』と『自由に臭いを嗅いでいい場所』と区別して歩かせている。
以前は『おとなしく…』のところでも強引にひっぱたりしていたけれど、だんだんとコロもこのルールに慣れてきたようだ。
『自由に臭いを嗅いでいい場所』というのは主に近所の公園の中なのだけれど、
公園の草むらの中で
「よしっ、(臭いを嗅いで)いいぞ!」というと
コロは、
「わーい、わーい、やったぁー」と本当にうれしそうな顔をする。

他の犬たちの臭いがたくさんして、それこそワクワクするような風景がコロには見えているのかもしれない。


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2004年12月21日

第13話 動物病院の先生

第13話 動物病院の先生



コロの目頭の下がはれて手術をした。涙腺が詰まって腫瘍ができてしまったらしい。
幸い良性の腫瘍だったので摘出手術を受けて、直に元気になった。2年ぐらい前のことだ。
その手術はいつも行きつけの動物病院でしてもらった。
ウチの近所では一番信頼がおける(と僕が思っている)病院だ。
院長は、優しく、のんびりとした口調でやってくる動物に接している。、悪く言えばボーっとした感じだ。
コロが自分の半分の大きさしかない柴犬にかまれた時も、
「シバでもキツイ仔がいるからねぇー」と間延びした声で言っていた。

でも、その感じは決して悪くないし、僕は信頼している。

2、3年前のビーパルにこの院長のことが掲載されていた。やさしく熱心に診察する態度が、地元では、動物たちの『赤ひげ先生』と呼ばれている云々…と紹介されていたが、いいかけんな記事らしく、誰がそんなことを言っているんだよォー、と犬の散歩仲間の地元民がみんな言っていた。

この動物病院に若い女の先生がいる。不二家のペコちゃんとダッコちゃんを足して2で割ったような顔をしている。(どんな顔だよ?)
この先生も院長と同じようにいつものんびりとした感じで診察している。 コロがよくなついて、手術の後の抜糸はこの先生がした。

縫った目の下の糸をハサミで切った後、ピンセットで一本一本丁寧に抜いていく。
コロは痛みには鈍感らしく、注射されても少しも痛がったりしないのだが、このペコちゃん先生は、痛くないように一本一本を慎重に抜いていった。力が入るのかなかなかうまく抜けてくれない。

この時、一本糸を抜くたびに、この女の先生は、
「ンんッ…ウゥンッ…ンんッ…」と顔に似合わない、色っぽい声を出すのだ。

なかなかうまく抜けてくれないらしく、何回も何回も、
「ンんッ…ウゥンッ…ンんッ…」と場違いな吐息をもらしている。

僕はコロが暴れないように押さえつけていた。耳元で、この場違いな吐息が何回も何回も聞こえてくるので、僕はおかしくて笑いをこらえるのがたいへんだった。



posted by ころすけポー at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | コロとの日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月16日

第12話 コロ、かまれる…またかよー

第12話 コロ、かまれる…またかよー
またまた、やられちゃいました。
今度は黒ラブに・・・


夕方、いつもの公園で、いつもの調子で、コロが散歩仲間の輪の中に入っていこうとしたときに、その中にいた一匹の黒ラブが突然コロに襲いかかった。コロの口もとに噛み付いて離そうとしない。見たこともない初対面の黒ラブだった。
うなって噛み付いたまま離さない黒ラブに対して、コロはヒャンヒャンいいながらあとずさりしていた。
やっとの思いで2頭を引き離すと、コロの口の中が血だらけになっている。
あわてて病院に連れて行った。

病院に着く頃には口の中の出血はおさまっていたけれども、下唇の右端はかまれた穴が開いている。鼻の右横も血がにじんでいた

病院ではいつもの獣医の女の先生に

「また、かまれちゃったのねぇー」とのんきそうに言われてしまった。何回目だ?コロ

それにしても、あの黒ラブの野郎ッ!っざけんじゃねーぞっ!
後日散歩仲間のおばさんに聞くと、前にもほかの犬に噛み付いていたらしいではないか!

おい、こらッ!かみ癖のある犬をノーリードで放すんじゃないッ!バカ飼い主!

(犬は悪くないんです。悪いのは飼い主だと思います。多分ストレスがたまっている飼われ方をしているのでしょう、かわいそうに!。)

posted by ころすけポー at 09:51| Comment(0) | TrackBack(0) | コロとの日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月14日

第11話 ハカイダー、コロ…

第11話 ハカイダー、コロ…



去勢手術後は、なかなか血が止まらなかったりしたので、コロは夜の間は家の中に入れておくことになった。

家の中といっても玄関の中だけなのだが、夜中にすぐに愛犬の顔を見ることができるのは嬉しかった。

家の中だとコロは安心しきっているのか、完全に熟睡するようになった。夜誰かが帰ってきて玄関のドアを開けてもピクリともしないことがある。


絶対に番犬にはなれないヤツだ。


あまりにもいぎたなく寝ているので、時々どこか具合でも悪いのかと思ってゆすってみたりしている。すると、うす目を開けて「あれれ?」という顔をして寝ぼけている。バツが悪いのか、お愛想にほんの少し尻尾を振ったりして誤魔化そうとしているのがミエミエだ。


ある朝、目を覚ますと、かみさんがカンカンに怒っていた。玄関のフローリングが1枚端から端まできれいに剥がされているのだ。
無残にも剥がされた板片は、犯人のよだれや噛み跡でボロボロになっていた。コロが暇をもてあまして一晩中カジカジと遊んでいらしい。
パジャマのままで、怒髪天をついている家内に僕は静かに言った。
「こおろぎよ、形のあるものは、いつかはその姿を失い壊れ去るのだ。それが早いか遅いかの違いはあっても・・・
こおろぎよ、(小さき存在のものよ、という意味)心を穏やかにすごして、己の愚かな怒りを静めなさい・・・」
こういう時に、こういうことを本当に口に出して言うと、フライパンが飛んでくるかもしれないので、僕は心の中で唱えるにとどめておいた。
それでも新築のフローリングを破壊された、家内の怒りはなかなか収まらなかった。
でも、その日の内にホームセンターで買って来た補修材で見ばえよく修理してしまうと、少しはその怒りも薄らいだようだった。
そう、壊れたら、直せばいいんだ。
人間だって長年生きていれば色々と体中のあちこちガタがきてくる。家だってモノだっておんなじだ。少しずつ治しながら、だましだまし、何とか付き合っていく…

そのことのほうがずーっと大切なのだ、と僕は思う。
コロは怒られて少しは懲りたのか、それからしばらくの間は、目立った破壊活動はしなくなった。

でも、最近では、少し大きくなったハカイダー2号(息子2歳半)がハカイダー1号(コロ)とタッグを組んで、家の内外を荒らしまわるようになってしまった。
1号、2号とも、叱られても叱られても、少しもメゲない。

家内ももう諦めたのか、あまり激しく怒ったりしなくなった。
コオロギはコオロギなりに少しは成長しているのかもしれない…悟りの境地にはほど遠いけれども。
posted by ころすけポー at 14:56| Comment(0) | TrackBack(0) | コロとの日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月12日

第10話 去勢のための入院、そして…

第10話 去勢のための入院、そして…



前回、凶暴な犬に『タマとったるわいッ』と喧嘩を吹っかけられて噛みつかれた頃、僕はコロの「タマ」をどうするかで悩んでいた。
去勢しようかどうしようかという問題はなかなか結論が出なかった。

犬に関するいろんな本を読み漁ってみても、様々な意見があって決めかねていた。


いわく、「去勢なんか今時…云々…」
いわく、「犬のしつけのために…云々…」

人間の都合で決めてしまっていいものなのか、でも、結局、去勢なんて自然じゃないという考え方には

「飼い犬として飼われて暮らしている以上、すでに“自然”などの状態ではないのだ」

と結論づけて去勢することに決めた。

去勢についてはいろんな意見があるし、自分の意見を押し付けようという気はさらさらないけれど、僕が決めた理由としては、

@ 繁殖させる予定も計画もないのに、毎回いたずらに発情したメスの匂いを嗅がせ続けることは、コロにとって苦痛でしかない。(…かもしれない)

A 年をとってからの病気の予防。
(少しでも長生きしてほしいという切なる願い)

決して“やんちゃ”を直すために去勢するのではなかった。どの本にも書かれていたけれど、去勢しても大人しくなることはないし、コロの場合も実際に性格は少しも変わらなかった。

気持ちとしては2番目が一番強かったと思う。

そんなわけで、コロは手術をするために初めての外泊(入院)することになった。


さて、タマタマをとられてしまったコロは… 
                            

どうなってしまうんだー!

                   


去勢のための入院したコロは2日ほどで帰ってきた。

迎えにいって病院から出ると、コロはさっそく大量におしっこをした。
どのくらい我慢していたのだろう、おしっこがパンパンらしく、歩くながら垂れ流すコロをはじめてみた。
かわいそうに…緊張していたんだろうな…

さて、問題の箇所は大きなバンソウコウが貼られている。どうなっているのか詳しく点検したかったが、コロがバンソウコウを剥がさないようにするほうが大変だった。

エリザベスカラーの大きなもの(それ以上のサイズはない)をしても、コロはとても気になるらしく、何とか首を伸ばして股間に鼻面をうずめている。ちょっと目を離すと、絆創膏を舐めて取ってしまっていた。
仕方がないのでホームセンターで同じ素材のボードを買ってきてエリザベスカラーをひと回り大きく改造した。

巨大なパラボラアンテナをつけたコロは、少し悲しげで、それでいて何だかとても滑稽だった。

この後も手術後の患部は血がにじんでなかなか出血が止まらなかった。
股間に貼った絆創膏はどうしてもはがれやすくて、あっちにくっついたり、こっちに引っ付いたり、文字通り『またぐらこう薬』になっていた。

大きな絆創膏を買ってきたり、テーピングで貼り付けてみたり、悪戦苦闘してもそれはすぐにはがれてしまう。

その度に、コロのパンチやキックを受けながら股間に絆創膏を貼りなおしていた。

そんなこんなで退院後2、3日で、出血が止まらず、再入院をすることになってしまった。
血が止まってやっと帰ってきたのはそれからさらに1週間後だった。

今度は入院生活にも少し慣れたのか、病院から連れ出しても、この前のような大量におしっこをすることはなかった。

posted by ころすけポー at 16:31| Comment(1) | TrackBack(0) | コロとの日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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