2005年04月16日

まぼろしの小さい犬

著者: フィリパ ピアス, 猪熊 葉子, フィリパ・ピアス
タイトル: まぼろしの小さい犬



ユング心理学の河合隼雄さんの本「子供の本を読む」・・・)でフィリッパ・ビアスを知った。
「トムは真夜中の庭で」(岩波ジュニア文庫)などを読むと子供向けの児童文学としてはもったいないくらいの本だ。

こういう言い方もおかしい。余談だが、(というとこのHPがすべて余談だ、というツッコミはしないでくださいね。)僕は子供向けにかかれたとされる本が嫌いだ。
子供の頃、児童書を読むのが嫌いだった。いかにも子供向けに取って付けたようなハッピーエンドに書かれた本を読んで、ふざけるな!なめんなよッ!といつも思っていた。子供には教育的な?配慮をしてこのくらいのものを読ませておけばいいんだというような大人の(作家の、出版社サイドの)傲慢さが透けて見えるようで、そんな本を読むのが嫌いだった。
僕を子供時代に読書嫌いにしたのは(自慢じゃないが高校にはいるまで僕はマトモニ読んだ本はほとんどない、宿題の読書感想文などは読みもしないのにあとがきを脚色して嘘八百を並べ立てていた。)こういう似非児童文学だ。

だけど大人になって気がついたのは児童文学でも玉石混交なのですね。いい本はいい。大人が読んでも面白い児童文学が数多くある。(ひどい本もそれ以上に多いという話はとりあえず置いといて…)
だいたい大人が読んで面白くない本を子供が読んで面白いはずがない、と僕は思う。

優れた児童文学は子供よりも大人が読むのにふさわしい。このフィリッパ・ビアスの「まぼろしの小さい犬」もその一つだ。

上記の河合隼雄さんの本で知った時、本屋を探したけれどこの本は見つからなかった。復刊もされていないし古本屋でもなかなか見つからない。しょうがないから杉並の図書館で借りて読んだ。

犬を飼いたくてしょうがない少年が、心の中でまぼろしの犬を飼うことを空想する。空想の犬はやがて現実の犬以上に少年にとってかけがえのないものとなっていく……
僕も子供の頃犬を飼っている同級生がうらやましくてしょうがなかった。あの頃僕も心の中で空想の犬と遊んでいたのだ。
自分の子供の頃の記憶がまざまざと思いおこされて、心の奥の琴線が打ち震える、そんな一冊だ。

(今ではこの本は岩波から復刻されています)

  
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2005年04月13日

犬もゆったり育てよう―「ぼんやり犬」養成講座

著者: 藤門 弘
タイトル: 犬もゆったり育てよう―「ぼんやり犬」養成講座


著者の藤門さんは北海道の余市でアリスファームを経営している人、アリスファーム関係の本は何冊か読んだことがある。(北の大地で暮らす・・・他)
それよりも椎名誠や野田知佑の本でよく出てくるあやしい探検隊の人のほうがわかりやすい。

犬をゆったり飼おうという主張は僕も賛成だ。

いい犬というのが『人間にとって都合のいい犬』という意味なのだということをもう一度考え直してみた方がいい。長い歴史の中で人間は犬を自分の都合のいいように作り変えてきた。世界中に多種多様な狩猟犬や愛玩犬がいるのはそのためだ。中には人工的な改良のため、健康を害している種さえある。筆者によるとぺギニーズやシーズーなどの鼻のつぶれた愛玩犬は中国4千年の悪趣味だそうだが、確かに鼻のつぶれた犬種というのは異様だ。普通の犬の鼻の長さに比べ、その内部構造を無理に縮めた結果、彼らは先天的に呼吸器系統に障害を持つようになってしまった。
(これを思うと僕は中国の悪名高い纏足を連想してしまう)

それでも、犬たちはその長い歴史の中で人間を信頼して暖かいまなざしを人類に向け続けてきた。
人間と共存することで生き残ってきた犬たちの不幸な歴史を考えると、今もって、芸なんかさせるのは人間サイドの不遜な自己満足にすぎないだろう。

犬は傍らにいるだけでこちらを幸せな気分にしてくれるのだから。
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2005年04月06日

デキのいい犬、わるい犬

著者: スタンレー コレン, Stanley Coren, 木村 博江
タイトル: デキのいい犬、わるい犬―あなたの犬の偏差値は?



このタイトルを見てまず思った。なんと嫌なタイトルだろう…

子どもの教育でも悪名高い偏差値なぞを持ち出して、犬の能力、それも人間に都合のいい能力を推し量って、犬を差別するなんてトンでもないやつだ。

どんな犬だっていいところがあるし、もし不幸にも悪い犬がいたとしても、その原因の多くは人間によるものだ。

と怒りをあらわにしていたら、内容はそんなんじゃ全然無くて、
原題も「The Intellgence of Dogs」(犬たちの知能)なんですね。

筆者は心理学者なのに、犬好きがこうじて犬の訓練士の資格までとってしまったという犬バカだった
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2005年04月02日

イヌ なんでも交際学

イヌ なんでも交際学
著者: 沼田 陽一
タイトル: イヌ なんでも交際学


愛犬家は目の中に入れても痛くないほど、イヌをかわいがる。
だがそれははたしてイヌにとって喜ばしいことか。
そう考えると、私はイヌの立場になれば、一方的な溺愛はイヌにとって迷惑至極なことになるのではないかと思うのである。

その迷惑の最もたるものが、「うちのイヌは自分を犬と思わず、自分を人間だと思っている」という飼育感覚である。

ここにも「人間はイヌよりも上」という思い上がった考えがある。
上だからこそ「うちのイヌは特別」という地位を与えることになる。我が家のイヌにだけは、特別に人間にしてあげたことになる…(本文より)


なるほど、僕もペットに服を着せたり猫可愛がりする人を見ると、なんかおかしいと常々思っていたけれど、そういうことだったのかぁ。


  
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2005年04月01日

犬と分かちあう人生

犬と分かちあう人生

著者: エリザベス オリバー 三村 美智子 (翻訳)
タイトル:犬と分かちあう人生


内容(「MARC」データベースより)
十代のころの冒険旅行や感動の日本上陸、日本人とペットに関して、大阪郊外での田園生活、動物保護団体「アーク」の設立、そして阪神淡路大震災など、動物との様々な思い出やエピソードを、日本在住30年の英国人が綴る。


捨てられる犬の多さに対して「アーク」ですべてめんどうを見ることはできない。もし私たちが断ったら犬や猫はどうなるのだろうと筆者は言う。

「私は時々自分が真っ暗なトンネルの中にいて、そこから抜け出すことはたいへん難しいことではないか、と思ってしまう。でも暗さに文句をいうよりも、一本のローソクに明かりを灯そうと誓った・・・」 

そう、暗さに文句ばかりをいっていてもしょうがないのだね。
そこから何を選択して、どう生きるかが大事なのだ・・・

これは動物愛護の話だけではなくて、すべてのことに言えそうな気がする。


暗いと不平を言うよりも進んで明かりをつけよう!(聖パウロの言葉より)

昔ラジオでよく流れていたこの言葉を思い出した。


   


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2005年03月29日

フリスビードッグ

フリスビードッグ


著者: ピーター ブルーム, Peter Bloeme
タイトル: フリスビードッグ―ベーシックスキルから競技会まで

TVで著者がフリスビーを投げるのを見た。80メートルぐらいフリスビーを飛ばしてイヌがそれを追いかける。フリスビードッグもすごいけれど、投げる方もすごかった。普通そんなに遠くまで飛ばないよ。

コロを飼いはじめた頃、一時フリスビードッグをめざして、公園で毎日フリスビーの練習をしていたことがあった。
最初の何回かは、コロもカッコよくフリスビーを追いかけてジャンプキャッチを決めたりするのだが、それもよくて34回までで、飽きっぽいコロはフリスビーよりも近くの茂みの臭いの方が気になるようだった。

フリスビーを取ってきても、それを噛み砕いて破壊するのを自分の義務のように思っていたのだろう。1000円ぐらいする公式フリスビーを数分で使い物にならないようにしてしまうのだった。

コロのために何個このフリスビーを買っただろう。

もしフリスビーを短時間で噛み砕く速さを競うフリスビー大会があったら、コロはいい線までいくと思う。

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2005年03月28日

ウォッチャーズ

ウォッチャーズ(上)


著者: ディーン・R. クーンツ, Dean R. Koontz, 松本 剛史
タイトル: ウォッチャーズ〈上〉

ウォッチャーズ(下)


著者: Dean R. Koontz, ディーン・R. クーンツ, 松本 剛史
タイトル: ウォッチャーズ〈下〉


(キーボードを打つ犬なんか「ドン松五郎」の方が先ジャンなんていうツッコミはしてはいけません。)

Gレトリバーの「アインシュタイン」が特異な理由があるのですが、賢くて可愛くて…

ウチの犬とえらい違いだ。

恐い話だけど、基本的に作者の生き物に対する愛情に裏打ちされているので悲惨な感じはせずに読めた。(アウトサイダーという怪物に対しても)

ウォッチャーズとは「見守る者」という意味だ。

愛するひとを見守る…まもる…

そして複数形なのは見守られているひとも、守られているだけの、か弱い存在ではなくて、自分のまた相手を守る(見守る)ことが大事なのだ、と作者は言う。

この小説に出てくる女性も最初は全くの世間知らずの(複雑な理由による…)か弱いだけの存在だが、その彼女がやがて逆に愛するものたちを守るようになる。

お互いに相手の「見守る者」になる関係はすばらしいことだと思う。


  
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2005年03月23日

ハラスのいた日々



著者: 中野 孝次
タイトル: ハラスのいた日々

僕が小学生のとき飼っていた犬がいなくなったことがあった。
この本でもハラスがスキー場で行方不明になっってしまう話が載っている。そのときの記憶がをまざまざと思い出されて胸がつまった。

印象に残っているのは、石榴(ざくろ)の木の話だ。ハラスが死んだとき、庭のスミに埋めてやるのだが、何年か後その傍らの石榴の木がたくさんの実をつけた。毎年この木は2、3個しか実をつけないのに、その年に限って枝もたわわに実をつけたという。
おそらく地下で石榴の木がハラスノ埋めてあるところまで根を伸ばして、その養分を吸い取ってそんなに実を実らせたのだろう。
「そういう復活を好ましく思う」という筆者の記述は、薄っぺらなペットブームや飼い主の身勝手な愛情の押し付けとはかけ離れた、生き物への真摯な姿勢のように思う。
posted by ころすけポー at 20:44| Comment(2) | TrackBack(0) | イヌの本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月22日

犬語の話し方



著者: スタンレー コレン, Stanley Coren, 木村 博江
タイトル: 犬語の話し方
  

犬は驚くほど人間の言葉を理解しているらしい。だが人間のほうは犬の言葉を理解できない。
ポーラーというシベリアンハスキーの話が面白かった。
イタズラざかりのこの犬は飼い主から「ノー」とばかり言われている。
車から勢いよく飛びだしたり、人に飛びついたり、ベットの中にもぐりこもうとする…
そのたびにポーラーは「ノー」と怒られている。
「ノー、ポーラー、飛び出すな!」「ノー、ポーラー、止まれ!」
飼い主が筆者に
「どうも犬が言うことを聞かない…ポーラーは自分の名前もわかっていないと思える」
とこぼすと、
「ポーラーは自分の名前が分かっているさ」と筆者は言う。
「でも、君には分かってないかもしれないね」

その後、筆者の指示通りに飼い主が台所で「ノー」と叫ぶと、テラスにいたポーラーはすくっと立ち上がってトットットと飼い主の方に向かった。

これまで自分に向かって言われた言葉の中で一番多かった「ノー」という言葉がポーラーの頭の中では自分の名前になっていたのだ。

  
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2005年03月21日

犬を飼う



著者: 谷口 ジロー
タイトル: 犬を飼う


老犬になって死んでいく犬。
この本を読んで、僕は2匹の犬を思い出した。

1匹は、昔下宿先の大家さんが飼っていた老犬。老犬だからなのか、すごく犬臭い犬だった。 老夫婦に飼われていたその犬は、その飼い主以上に年老いて見えた。
よたよたと散歩する姿が、可哀想だった。ほんの少しずつ、短く一歩一歩引きずるように歩いていた。

思わずがんばれよ、って声をかけたくなるような・・・。

やがて、歩く事も出来なくなって、お爺さんに抱えられるようにして、おしっこをするために外に出されていた。
きれい好きで、最後まで寝たきりの布団の上ではしなかったらしい。

その犬が死んで、犬臭い犬小屋だけが残った。



もう一匹は、神田小川町の額縁屋さんの店先にいた『エス』という犬。
「さわるのきらい!」と書かれた箱の中で、いつも日向ぼっこをしていた。20年ぐらいは生きていたらしい。
会社のそばだったので、毎朝顔をあわせていた。

ある日、ふっといなくなって・・・
翌日、店先に元気な頃のエスの写真が飾られていた。写真の中の『エス』はまぶしそうに表を見ている。

「色々ありがとうございました」

その横にお店のご主人の言葉が添えてあった。



posted by ころすけポー at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | イヌの本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月20日

犬たちの伝説

犬たちの伝説


著者: 内田 康夫, 早坂 真紀
タイトル: 犬たちの伝説


ボクは、CW.ニコルさんの「プリンス」って話が好きだ。

ニコル少年が初めて飼った犬が、病気になって死んでしまう。
その犬(プリンス)のことを本当に大事に思っている少年は、犬は天国にいけないと言う牧師(キリスト教では魂を持たない犬や猫、異教徒には天国がない)
に悪態をついてほおを殴られる。

「神様もイエスも・・・大嫌いだ」

泣きながら庭の隅に深い穴を掘って、犬のなきがらを埋める少年。

でも筆者は、いう。

「おとなになった今でも、胸がきゅんと痛くなる。あの思い出の痛み。
もし本当に天国があるとしたら、そこには人間だけではなく、ありとあらゆる生き物がいて、みんなをわくわくさせていることだろう。
きっと、プリンスという名前のかわいい黒犬も、茶色の目を輝かせ、長い尻尾を振って、待っているにちがいない。・・・・

おいで、プリンス! いい子だ! おいで、プリンス!・・・・」


  
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2005年03月19日

人イヌにあう



著者: コンラート・ローレンツ, 小原 秀雄
タイトル: 人イヌにあう


ローレンツの動物行動学の学説はその大部分が後の研求で否定されている。たとえば有名な攻撃性への考察(負けを認めたイヌが相手に首筋を差し出すと、かもうとしているイヌは抑止が効いてそれ以上攻撃できなくなるという説など…)

でも、彼のこの分野へもたらした功績は大きいし、その著作も価値があると僕は思う。

それにしても、この人イヌに会うと言う本は楽しい本だ。


この本の中の塀に隔てられた2匹のイヌの話が好きだ。
ローレンツによると塀や囲いというのは空間的な縄張りが広がる役目を果たしているという。塀をはさむことで、イヌは自分の縄張りを確保することになり安心しているらしい。


ローレンツが毎日散歩に連れて行くイヌがある家にくると決まって、そこのうちのイヌと塀越しに猛烈に吠えあう。2匹は塀をはさんで今にも飛びかかって相手に噛みつかんばかり勢いでほえあいながら、塀沿いに行ったりきたりしていた。

ある日その塀の一部が改修工事のためか取り壊されていた。

それに気づかないまま2匹は塀をはさんでほえあいながら走っているうちに、その塀なくなっているところまできてしまった。
これまで塀があったおかげで2頭はかろうじて取っ組み合いのけんかを免れていたのだ。
それが今なくなっている。相手に飛び掛るにはすぐにそれが出来る状態だ。

けんかが始まる、とローレンツが思ったその時のこの2頭のしぐさが面白い。

しばらくきょとんと相手を見詰め合っていたが、2頭とも申し合わせたように塀のところまで引き返すと、その塀越しに猛烈に吠えあった。

これまでは塀があったおかげで安心して吠えあって喧嘩していたらしい。


posted by ころすけポー at 17:12| Comment(0) | TrackBack(0) | イヌの本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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