2005年04月01日

犬と分かちあう人生

犬と分かちあう人生

著者: エリザベス オリバー 三村 美智子 (翻訳)
タイトル:犬と分かちあう人生


内容(「MARC」データベースより)
十代のころの冒険旅行や感動の日本上陸、日本人とペットに関して、大阪郊外での田園生活、動物保護団体「アーク」の設立、そして阪神淡路大震災など、動物との様々な思い出やエピソードを、日本在住30年の英国人が綴る。


捨てられる犬の多さに対して「アーク」ですべてめんどうを見ることはできない。もし私たちが断ったら犬や猫はどうなるのだろうと筆者は言う。

「私は時々自分が真っ暗なトンネルの中にいて、そこから抜け出すことはたいへん難しいことではないか、と思ってしまう。でも暗さに文句をいうよりも、一本のローソクに明かりを灯そうと誓った・・・」 

そう、暗さに文句ばかりをいっていてもしょうがないのだね。
そこから何を選択して、どう生きるかが大事なのだ・・・

これは動物愛護の話だけではなくて、すべてのことに言えそうな気がする。


暗いと不平を言うよりも進んで明かりをつけよう!(聖パウロの言葉より)

昔ラジオでよく流れていたこの言葉を思い出した。


   


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2005年03月29日

フリスビードッグ

フリスビードッグ


著者: ピーター ブルーム, Peter Bloeme
タイトル: フリスビードッグ―ベーシックスキルから競技会まで

TVで著者がフリスビーを投げるのを見た。80メートルぐらいフリスビーを飛ばしてイヌがそれを追いかける。フリスビードッグもすごいけれど、投げる方もすごかった。普通そんなに遠くまで飛ばないよ。

コロを飼いはじめた頃、一時フリスビードッグをめざして、公園で毎日フリスビーの練習をしていたことがあった。
最初の何回かは、コロもカッコよくフリスビーを追いかけてジャンプキャッチを決めたりするのだが、それもよくて34回までで、飽きっぽいコロはフリスビーよりも近くの茂みの臭いの方が気になるようだった。

フリスビーを取ってきても、それを噛み砕いて破壊するのを自分の義務のように思っていたのだろう。1000円ぐらいする公式フリスビーを数分で使い物にならないようにしてしまうのだった。

コロのために何個このフリスビーを買っただろう。

もしフリスビーを短時間で噛み砕く速さを競うフリスビー大会があったら、コロはいい線までいくと思う。

posted by ころすけポー at 14:43| Comment(0) | TrackBack(0) | イヌの本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月28日

ウォッチャーズ

ウォッチャーズ(上)


著者: ディーン・R. クーンツ, Dean R. Koontz, 松本 剛史
タイトル: ウォッチャーズ〈上〉

ウォッチャーズ(下)


著者: Dean R. Koontz, ディーン・R. クーンツ, 松本 剛史
タイトル: ウォッチャーズ〈下〉


(キーボードを打つ犬なんか「ドン松五郎」の方が先ジャンなんていうツッコミはしてはいけません。)

Gレトリバーの「アインシュタイン」が特異な理由があるのですが、賢くて可愛くて…

ウチの犬とえらい違いだ。

恐い話だけど、基本的に作者の生き物に対する愛情に裏打ちされているので悲惨な感じはせずに読めた。(アウトサイダーという怪物に対しても)

ウォッチャーズとは「見守る者」という意味だ。

愛するひとを見守る…まもる…

そして複数形なのは見守られているひとも、守られているだけの、か弱い存在ではなくて、自分のまた相手を守る(見守る)ことが大事なのだ、と作者は言う。

この小説に出てくる女性も最初は全くの世間知らずの(複雑な理由による…)か弱いだけの存在だが、その彼女がやがて逆に愛するものたちを守るようになる。

お互いに相手の「見守る者」になる関係はすばらしいことだと思う。


  
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2005年03月26日

第29話 コロとカミサンの散歩

コロの散歩は基本的に僕が行くことになっている。僕がいないときには、近所に住む叔父さんや義母に朝晩の散歩をしてもらっている。

先日、久しぶりに朝、カミサンがコロを連れて行ったときのことだ。
戻ってきてから「足が痛い」という。どうしたのか尋ねると、コロが散歩の間中ずっとカミサンを引っ張って、いうことを聞かなかったらしい。
それについていくためにずっと走ってきたというのだ。

ちょっと走ったぐらいで大袈裟な…

「インターハイ選手が…衰えたものだ…」

ちょうど息子のケイタが見たがったものだから、カミサンが高校時代にバレーボールで貰ったトロフィーや賞状が押入れから出して飾ってあった。

「賞状が泣くぞ」

「だって、オシッコがしたいらしくて、ずっと引っ張っていくんだもの…」

「そういうときは、コロのいきたいようにはさせちゃだめだ。こっちが主導権をとって…コロが引っ張り出したら反対方向に歩くとかして…」

と説明しようとしたがやめておいた。、

コロはカミサンの言うことはまずきかない。コロは家族の序列の中でカミサンのことを自分より下の位置にいるヤツと思っているのだろう。
あまり接触のないカミサンは家族の中でも自分より目下の存在なのだ。

カミサンとコロで散歩に出かけるとなると、リーダーは地位の高いコロにならざるを得ない。

リーダーは部下を率いて先頭をきってすすむ。道に迷ったら判断を下すものリーダーの大事な勤めだ。
だから、当然、愚かで弱い部下を引っ張ってやらなくてはならないし、こっちへいくんだと親切にも教えてやらなくてはならない。

カミサンを引っ張って言うことをきかなかったといわれても、コロとしては、リーダーとして当たり前なことをやっていただけなのだ。


「えらいぞ、コロ」と僕はひそかに思った。




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2005年03月23日

ハラスのいた日々



著者: 中野 孝次
タイトル: ハラスのいた日々

僕が小学生のとき飼っていた犬がいなくなったことがあった。
この本でもハラスがスキー場で行方不明になっってしまう話が載っている。そのときの記憶がをまざまざと思い出されて胸がつまった。

印象に残っているのは、石榴(ざくろ)の木の話だ。ハラスが死んだとき、庭のスミに埋めてやるのだが、何年か後その傍らの石榴の木がたくさんの実をつけた。毎年この木は2、3個しか実をつけないのに、その年に限って枝もたわわに実をつけたという。
おそらく地下で石榴の木がハラスノ埋めてあるところまで根を伸ばして、その養分を吸い取ってそんなに実を実らせたのだろう。
「そういう復活を好ましく思う」という筆者の記述は、薄っぺらなペットブームや飼い主の身勝手な愛情の押し付けとはかけ離れた、生き物への真摯な姿勢のように思う。
posted by ころすけポー at 20:44| Comment(2) | TrackBack(0) | イヌの本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月22日

犬語の話し方



著者: スタンレー コレン, Stanley Coren, 木村 博江
タイトル: 犬語の話し方
  

犬は驚くほど人間の言葉を理解しているらしい。だが人間のほうは犬の言葉を理解できない。
ポーラーというシベリアンハスキーの話が面白かった。
イタズラざかりのこの犬は飼い主から「ノー」とばかり言われている。
車から勢いよく飛びだしたり、人に飛びついたり、ベットの中にもぐりこもうとする…
そのたびにポーラーは「ノー」と怒られている。
「ノー、ポーラー、飛び出すな!」「ノー、ポーラー、止まれ!」
飼い主が筆者に
「どうも犬が言うことを聞かない…ポーラーは自分の名前もわかっていないと思える」
とこぼすと、
「ポーラーは自分の名前が分かっているさ」と筆者は言う。
「でも、君には分かってないかもしれないね」

その後、筆者の指示通りに飼い主が台所で「ノー」と叫ぶと、テラスにいたポーラーはすくっと立ち上がってトットットと飼い主の方に向かった。

これまで自分に向かって言われた言葉の中で一番多かった「ノー」という言葉がポーラーの頭の中では自分の名前になっていたのだ。

  
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2005年03月21日

犬を飼う



著者: 谷口 ジロー
タイトル: 犬を飼う


老犬になって死んでいく犬。
この本を読んで、僕は2匹の犬を思い出した。

1匹は、昔下宿先の大家さんが飼っていた老犬。老犬だからなのか、すごく犬臭い犬だった。 老夫婦に飼われていたその犬は、その飼い主以上に年老いて見えた。
よたよたと散歩する姿が、可哀想だった。ほんの少しずつ、短く一歩一歩引きずるように歩いていた。

思わずがんばれよ、って声をかけたくなるような・・・。

やがて、歩く事も出来なくなって、お爺さんに抱えられるようにして、おしっこをするために外に出されていた。
きれい好きで、最後まで寝たきりの布団の上ではしなかったらしい。

その犬が死んで、犬臭い犬小屋だけが残った。



もう一匹は、神田小川町の額縁屋さんの店先にいた『エス』という犬。
「さわるのきらい!」と書かれた箱の中で、いつも日向ぼっこをしていた。20年ぐらいは生きていたらしい。
会社のそばだったので、毎朝顔をあわせていた。

ある日、ふっといなくなって・・・
翌日、店先に元気な頃のエスの写真が飾られていた。写真の中の『エス』はまぶしそうに表を見ている。

「色々ありがとうございました」

その横にお店のご主人の言葉が添えてあった。



posted by ころすけポー at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | イヌの本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月20日

犬たちの伝説

犬たちの伝説


著者: 内田 康夫, 早坂 真紀
タイトル: 犬たちの伝説


ボクは、CW.ニコルさんの「プリンス」って話が好きだ。

ニコル少年が初めて飼った犬が、病気になって死んでしまう。
その犬(プリンス)のことを本当に大事に思っている少年は、犬は天国にいけないと言う牧師(キリスト教では魂を持たない犬や猫、異教徒には天国がない)
に悪態をついてほおを殴られる。

「神様もイエスも・・・大嫌いだ」

泣きながら庭の隅に深い穴を掘って、犬のなきがらを埋める少年。

でも筆者は、いう。

「おとなになった今でも、胸がきゅんと痛くなる。あの思い出の痛み。
もし本当に天国があるとしたら、そこには人間だけではなく、ありとあらゆる生き物がいて、みんなをわくわくさせていることだろう。
きっと、プリンスという名前のかわいい黒犬も、茶色の目を輝かせ、長い尻尾を振って、待っているにちがいない。・・・・

おいで、プリンス! いい子だ! おいで、プリンス!・・・・」


  
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2005年03月19日

人イヌにあう



著者: コンラート・ローレンツ, 小原 秀雄
タイトル: 人イヌにあう


ローレンツの動物行動学の学説はその大部分が後の研求で否定されている。たとえば有名な攻撃性への考察(負けを認めたイヌが相手に首筋を差し出すと、かもうとしているイヌは抑止が効いてそれ以上攻撃できなくなるという説など…)

でも、彼のこの分野へもたらした功績は大きいし、その著作も価値があると僕は思う。

それにしても、この人イヌに会うと言う本は楽しい本だ。


この本の中の塀に隔てられた2匹のイヌの話が好きだ。
ローレンツによると塀や囲いというのは空間的な縄張りが広がる役目を果たしているという。塀をはさむことで、イヌは自分の縄張りを確保することになり安心しているらしい。


ローレンツが毎日散歩に連れて行くイヌがある家にくると決まって、そこのうちのイヌと塀越しに猛烈に吠えあう。2匹は塀をはさんで今にも飛びかかって相手に噛みつかんばかり勢いでほえあいながら、塀沿いに行ったりきたりしていた。

ある日その塀の一部が改修工事のためか取り壊されていた。

それに気づかないまま2匹は塀をはさんでほえあいながら走っているうちに、その塀なくなっているところまできてしまった。
これまで塀があったおかげで2頭はかろうじて取っ組み合いのけんかを免れていたのだ。
それが今なくなっている。相手に飛び掛るにはすぐにそれが出来る状態だ。

けんかが始まる、とローレンツが思ったその時のこの2頭のしぐさが面白い。

しばらくきょとんと相手を見詰め合っていたが、2頭とも申し合わせたように塀のところまで引き返すと、その塀越しに猛烈に吠えあった。

これまでは塀があったおかげで安心して吠えあって喧嘩していたらしい。


posted by ころすけポー at 17:12| Comment(0) | TrackBack(0) | イヌの本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月11日

僕たちはこんなところに行ってきた。(その2)

渡良瀬川にコロと行く   



koro09.jpg



渡良瀬川というと森高千里の歌のイメージがまず浮かぶ。それ以前だと足尾銅山の鉱毒事件か、
でも今の渡良瀬川は穏やかなヤマメの多くいる川なので、関東北部の格好のフライフィッシングのメッカになっているのだ。


その渡良瀬川にコロを連れて行ったのは春先のことだ。

この日は寒くて普段平日でもフライフィッシャーが数人いるポイントには誰もいなかった。
リードを離すところはうれしそうに川に入ったり、あたりを駆け回って遊んでいた。
でも、臆病者なので僕の見えないところまでは決していかない。呼ぶとすぐに傍らにやってくる。普段よりも聞き分けがいい。なんていい犬なんだとこのときばかりは思う。

koro07.jpg
見ていると自分で大岩をよけて遠回りしたり、考えて行動しているのがわかる。
だがこの臆病者は流れの速いところや深いところは怖いらしくしり込みをしてしまうのだ。

僕が対岸に渡ってしまうと、自分は怖くてわたれないので向こう岸でひゅんひゅんと泣いている。
そのままかまわずどんどんと僕が先に行くと、対岸を一生懸命に追ってきた。そして浅そうなとこをを自分で探して何とか渡ってくるのだ。

自分で考えて行動している犬を見るのは楽しい。



魚は連れなかったけど、こんな楽しそうなコロをみて僕も少し満足だった。




koro06.jpg



(平成15年3月)
posted by ころすけポー at 12:40| Comment(0) | TrackBack(0) | こんなところに行ってきた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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